昔と今の自分の変わった考え方〔歪んだ自己愛〕

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歪んだ自己愛人間関係と仕事

屋根裏部屋にて。

管理人は現在29歳ですが、18歳の時からずっと誰にも見せていない日記を書いています。

(巷ではデスノートと言われてます)




たまに読み返すのですが、現在とまるで別人なので怖いです。

では、昔と今で考え方がどのように変わってきたのか。



そして自己愛が歪みきった人間の学生時代の行動、

考え方をなぜ変えようと思ったのか共有します。




•ありのままの自分を好きになれない

•人間関係が原因で仕事や家庭環境が辛い

•誰ひとり信用できる人がいない

そう思っている方が少しでも、心軽くなるきっかけになれば幸いです。

【閲覧注意】

最初に謝りますが、

私のゴミさ加減に引くかもしれません。

歪んだ自己愛に気づき始めた




保育士資格を独学で取得したことをきっかけに機能不全家族や、毒親、

パーソナリティー障害についての本や体験談、ブログをたくさん読む

ようになりました。



勉強していくうちに、もしかして私は自己愛性パーソナリティー障害

(だった)のかもと思いました。




人間は誰でもどこかしら変なところやいい面悪い面がありますが、

学生時代の私はまさにこの症状でした。

参考記事:自己愛性パーソナリティ障害とは?特徴やタイプ、境界性パーソナリティ障害との違いって?


上記の記事でいう他者への共感性の薄さはまさに当てはまり

人を物やお金、利用できるかできないかでしか見れないという点

では(認めたくないですが)当時その感覚を持っていました。






人には感情があって心が傷付くということが全く理解できませんでした。



健全な自己愛と自己愛性パーソナリティ障害の違い





ですが人生を幸せに生きるために、

健全な自己愛を持つことは至っておかしいことではありません。




例えば、お腹が空いたからおいしいご飯を食べようとか

1日頑張った自分が誇らしいとか自分を大切に労ることは必要です。




自己愛性パーソナリティ障害の何が問題



自己愛性人格者の問題点は、

ありのまま(等身大)の自分を愛せないからターゲット(被害者)をつくって、

利用して自分の自尊心を保たないとやっていけない
という点です。




歪んだ自己愛を持っていると自分を少しでも攻撃してくる人に対して過剰に

反応してしまいひどい時はどうやってそいつを殺そうかまで考えてしまうのです。

(今はそんな考えにはならないです。)




学生時代


私の学生時代の経験を話すと


授業中に大声で喋るまたは寝る⇨先生が激怒する⇨私は人の話を聞くのが苦痛なので

自分は悪くないと思う(反省しない)⇨さらに先生が激怒する⇨先生を馬鹿にするのが

楽しくなる⇨もう先生諦める⇨人が苦痛な姿を見るのが楽しくてまた授業を妨害する



と人として最低な行いをしていました。


あとは真面目に授業を受けている人をからかったり、先生にみんなの前で怒鳴られて、

教室から何事もなかったかのように出てそのまま帰宅することもありました。



倫理観が欠如している状態です。



常に人を見下していて、生理的に無理な先生にはテスト用紙の裏側にしね消えろ

授業がつまらんなど書いたこともあります。



その後呼び出しをされて、謝るふりをしますが本心では反省していません。


同級生や後輩、先輩との付き合いも薄く広くというスタンスだったので


大人になってから本当に信用できる人がいなくなっていきました。





他人に共感するふりは反射的にできるけど、本当に心から信頼して感謝をして

人の温かさは居心地がいいとか学生時代にはそんな体験がほぼありませんでした。




常に心にある憎しみや怒りを誰でもいいからぶつけてやりたかった。



学校という閉鎖的な空間と私の頭の悪さから当時はそれしか方法が

見つからなかったのです。

いや、今考えたら本当に最低な人間ですよ。ゴミです。






先生や傷つけてしまった人に謝りたい。


もっと素直で誠実な人間でいたら


学校生活も楽しく過ごせたかもと思うとすごく後悔しています。




どんなに悔やんだところで時間は巻き戻せないので、

これからどう生きていくかを真剣に考えることにしました。





(特に18頃から20代の間)

人を傷つけても幸せになれないことを痛感しましたし、

今まで人にしてきたことは遅かれ早かれ自分にも返ってきて、

された方はずっと引きずるし辛いんだ。と分かってからは

冷静に問題のある自分と向き合おうと思いました。






家庭環境と私の人格の問題点を探る



人とのコミュニケーションの取り方が分からないのは成長過程で一番目にする

親や祖父母、周りの人間関係をそのまま真似していた部分もあります。


私の両親は仕事は泊まり込みで1、2週間会えないなんてのは普通でした。

そして私は長女だということと、たまたまその時は家庭が裕福だったので

なんでもかんでも買い与えられてきました。




両親からお前は裕福だと言われ続けて育ちました。


ほぼ母の強制ではありますが幼稚園の時から小学生の頃の習い事は

(体操教室、幼稚園の中にある塾、ピアノ、水泳、ダンス)をしました。

当時の私は習い事や学校、(両親が洗脳されていた)宗教を頑張れば

母に無条件で愛してもらえるはずと純粋に頑張っていました。

ですが小さい時から両親や周りの大人たちに不信感のような違和感がありました。


両親共働きでもあまり寂しさを感じなかったのは両親がいない時ずっと祖母が

面倒を見てくれていたり、祖父母の友だちやいとことも交流があったからです。




ですが小学生の時、いきなり事故で母が亡くなりました。

母が亡くなったことで結構なお金が入ったとは思いますが

母が亡くなってから父はほぼ毎日ギャンブルをしていました。



そして彼女さんとの旅行代、毎日ゲーセンと近場の飲み屋に行っていたのでその遊び代、

父に群がるハイエナのような奴らにお金貸して返ってこない始末、

それから私と妹の教育費生活費などに使ったのかなと思います。




母の大切なお金を何にどのように使ったのか聞いても

無視されたり逆ギレされるためお金の行方は私には分かりません。



父いわく私や妹の教育費と歯医者代と生活費がとんでもなく多額だと

会うたびキレてくるので話ができません。


本当にそれが原因でお金がなくなったのでしょうか。



今は自分とあごさんで生活してますが、月に17万円以下で

裕福だと言われて育った環境より遥かに豊かな生活をしています。




話は戻りますが、

家庭の中では祖母との時間が私にとって一番安心することができました。



そんな心の支えの祖母も年々被害者意識が凄くなり、

高校生になった私に毎度お金がないと言ってきたり、

普段吐き出せない愚痴を毎度言ってきたり、

本当に辛そうなので私は祖母を助けたくて学校で勉強するよりも

なるべく早くお金を得ることを考え出しました。


なので高校生に入ってすぐにアルバイトしました。



とその後色々なことがあったのですが、

この過程で私はどこにもぶつけられない怒りを全然関係のない人に

ぶつけてしまったのかもしれません。


今だから正直に当時の胸の内が話せますが、とにかく本当は家から解放されたかった。



考え方の変化



昔の自分と比べて変わった考え方


👎手段は一つしかない⇨👍思っている以上に手段はたくさんある



👎自分なんかに選択権はない⇨👍いや、あります


👎お金があれば人に誠実に生きなくてもいい⇨

👍人に誠実になることで信用とお金がうまれる

👎自分はかわいい⇨👍いうほど、かわいくはない。



👎自分だけが特別⇨👍みんなが特別で大切な存在

👎自分は弱くて何もできないゴミ⇨

👍そんなことない。最近はできることも増えてきたし結構頑張っているから

その調子でどんどんいい方向にいくよ



👎家族は不安定で裏切る。⇨👍家族は温かい。安全地帯

👎誰ひとりも私を愛してくれない⇨👍あごさんやあごさんの家族がいつも温かく迎えてくれているよ



👎金持ちは汚い⇨👍確かに汚い金持ちもいるけど、何も行動しない貧乏人より行動して学び続ける人

やお金を大切にする人(倹約家)はキレイだな


👎人が心底嫌い⇨👍好きになれる人も存在する


👎おしゃれしたい欲しいものがありすぎる⇨👍物欲がない(必要最低限の衣食住があればok)


👎料理が苦手やりたくない⇨👍あごさんが喜んでくれるので料理が楽しい。少しずつできるように

なって自信がついてきた



👎常に不安だ⇨👍今は毎日が満ち足りている。安心できる場所がある



👎何が好きか嫌いか分からない⇨👍自分の好き嫌いはハッキリしている



👎自分と違う考え方の人間(身近な人)が許せない⇨

👍犯罪をしなければ色々な考え方があっていいよね

考え方を変えようと思った理由


・人が嫌いですぐ仕事を辞めてしまう

・被害者意識の自分に嫌気がさしてきた


・被害者ではなく自分は加害者だと気づいた


・このままだと犯罪者になると思えて怖くなってきた

・自己愛を正常にすることで周りと良好な人間関係を築きたい


・1人で過ごす時間は好きだけど1人っきりでは生きていけないから


・誠実に生きる方が楽しいと思った


・結婚してから、最低な自分とも向き合おうと思った


本当の問題は自分自身にある



過去のことをいつまでも引きずっていたり、罪悪感で何も挑戦できず

動くことができない状況は辛いです。




いじめやモラハラの被害者の体験談はよくありますが、

私自身は被害者でもあり加害者だと思っています。



いい人間関係も嫌な人間関係も人を通して伝染するように感じます。

いい人間関係を築きたいのなら、まずは自分自身が人へ誠実でいなければ。

仕事が嫌すぎて辛すぎたので心療内科へ行った時も

病院の先生は症状に合わせて薬をくれるだけ。

当たり前ですが仕事なので、賃金以上に何かしてもらえるわけでも

自分の症状を完全に治してくれるわけはありません。






本当に今の自分を変えたいと思ったのなら他人に期待せず、

自分自身とゆっくり会話をして何が問題で

私はこんな状況なのか冷静に考えて紙に書き出してみるといいのかもしれません。




自分の問題や状況は自分自身で把握する能力を身に付けないと

全て(環境が悪い)(他人が悪い)(自分は悪くない)

そこから先にはいつまで経っても進まないのかなと思います。



(※この世界には生まれながらに自分の力ではどうにもできない

過酷な国や家庭に産まれてしまう方もいます。

なので100%自分を責めろという話ではないです)

今回の記事は懺悔回になりました。





もし何をやってもうまくいかないし自分は

ついてない人間だと思う方がいるなら、

文としてその時の自分を残すことで悩みを解決する糸口になる

と思います。

そして私は被害者だ周りが絶対的に悪いと騒いでいる人は


自分自身が人を傷付けてしまった経験はないか一度多面的に


物事を考えてみると少し気持ちが鎮まるのでは。

私も気をつけたいと思います。







少しでも心軽くなるきっかけになれば嬉しいです。でわ!





アメーバでは日記を更新しています。

『あめ邸blog』

踊ってみたをアップしています。

あめのYouTube 


最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

それでは、楽しい人間生活を!

いってらっしゃ〜い( ◠‿◠ )

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